ゼーバルト「アウステルリッツ」

アウステルリッツ

アウステルリッツ

人間の手によって計算され、意匠をこらすことのできる、ゆるぎない建築物。夢幻のように捉えどころがなく、決して真実にたどりつくことのない、再構成しようとする意志がついに挫折しては後退を余儀なくされる歴史。これら二つの対立、あるいは代補のなかに街という中間項が入りこんで撹乱をうながすとき、語り手アウステルリッツはかれの内側にひそんでいた歴史の表象に包まれて船酔いをしたかのような惑乱を覚える。かれの惑乱は、街という中和剤によって和らげられて、意匠ならざる歴史的なるものへと、立ち返ることを学び始めることに由来している。ここでいう歴史とは、建築物への飽きることない関心へとすり換えられることでこれまで抑圧してきたかれ自身の歴史であり、そして、かれ自身が投げこまれ、悪夢と災厄のただなかへと怒涛のように雪崩れこんでいった戦乱の歴史である。