モロー「スピノザ入門」

スピノザ入門 (文庫クセジュ)

スピノザ入門 (文庫クセジュ)


スピノザというとどうも汎神論のイメージが先行しやすい。けれど、その怪しげな宗教観を目当てに思想に触れても、思わぬ肩透かしをくらって失望するだけの結果に終わるだろう。というのも、その哲学は同時代の著名な哲学者と同じく、既存の神学を独自に読み替えることで人間の自由がどこに担保されるかを吟味することに主眼が置かれているのであって、神の居場所の措定とは誇張すればそのための一時的な道具か、少なくとも便利な架け橋でしかないからだ。
決定論的世界において純粋な意味での自由意志はありえない。しかし、人間の行為過程がある表象の選択から構成されている以上、そこに余白が確保されるのであり、まさに自己への絶対的支配力という幻想を放棄する限りにおいて理性の唱導が自由を呼びこむ。理性が万能ではないにしても、それより優れているものはないからである。
「エチカ」におけるこのような論理は概ねキェルケゴールの「死に至る病」と共通したものがあって、人間の限定性と非力を徹底的に検討した果てに初めて自由と救いが光明のごとくさしこんでくる構想が採られている。ここにおいて神学はかれらのバックボーンではあるにしても、人間のぎりぎりまでの自力を探る営みにはすでに神への弑逆心が出芽しているようで興味深い。
無知の知」を実践するスピノザの実像を浮き彫りにする本書は、わけのわからない汎神論者ではなく(もちろん無神論者でもなく)、デカルト思想をさらに推し進めた絶対合理主義・自由主義者としてのかれをわれわれによく伝えてくれる。また、著作をその構成に基づいて解説する章は白眉であり、実際に手に取ろうとする者にとっては痒いところに手が届くものでもあるだろう。良書である。