「シーシュポスの神話」を読解する12最終章

4/14訂正


 いくつかの検討を見てきた私たちは、不条理から逸れ、遠ざかってゆく道をあらわにあばきだすことによって、不条理への道がどれだということをもはや知り尽くしているはずだ。けれども、梶井基次郎ドストエフスキーが私たちを偽りの世界へと騙しこもうと企てる卑劣漢であったと解釈するのは間違っている。かれらの一連の小説は、説法家のように決して飛躍の売り込みを原点にしてはいない。梶井の陰鬱な小説の底流に共通して流れているのは、肺結核というかれの悲痛な病苦であり、それが皮肉にも透明な感性を育んで精緻な内面観察へと向かわせた。ドストエフスキーにしても、世界を支配しているのは神と神の掟である(「作家の日記」より)とまで述べる謙虚な信仰の人であった一方で、流入してくる西欧近代科学の実証主義との葛藤に苦しみ、かれの宗教心は常に揺れ動いていた。かれらが創造へと向かう出発点は、こうした限界の宣告と意識への深い投錨であり、その意味で両者は思索家であったのだ。哲学の論証と同じく、思索家にとって創造とは試練である。経験と記述に貫かれたあの意識的な精神態度に達するには、自己に対して徹頭徹尾の異邦人となり、明鏡止水の無関心を常に纏わなくては到達できないからだ。ゆえに、エポケーと高度の現状維持を保つための忍耐と明察を学ぶことは、かれらに要請された苦行なのである。しかし、創造者に課されたこの苦難は、同時に読み手の側も背負い込まなければなるまい。たとえドストエフスキーであっても、高次の思索家も寄る辺ない空漠感から、ときとしてなにかを証明してしまうことがある。私たちの使命とは、明晰な意識で丁寧にそれを排除し、かつ、幻影を乗り越えて、自分の赤裸な現実にすこしでも接近してゆくことだ。経験の純粋な部分だけを取り出し、作品という人生、小説という人生を汲みつくすことだ。それでこそ人びとは自己の生をこれっきりのものとして解放させることができる、神々のように自由な死刑囚になれる。作品とは、まさに相互の練達と真の人間の喜びに達するための要請であり訓練なのである。
 だが、本当に完成された人間には創造すら不要だ。毎秒毎秒の経験の全てを人間的な歓びとともに深く味わう者にどうして試練が要ようか? もっと言うと、飛躍に逃れない強固な精神を有し、かつ、自己に対して異邦人となるまでに反抗と覚悟を意識に刻みあげるならば、論証だの要請だのといった検討すら些末で無用のものだ。

すなわち、征服であれ愛であれ創造であれ、そうした営み自体がなくてもいいものだと認める境地に到りつかねばならぬ、そうやって、個人の生はいかなるものであれ、本質的には無用なものなのだという自覚を完成させねばならぬ。こうなってこそ、かれらは、いっそうのびのびとした態度で、この営みを実現することができるのだ、ちょうど、人生の不条理性に気がついたことで、かれらがあらゆる過剰とともに人生に跳びこむことができたように。

そして、本当に自己だけで完結できる人間になったとき、私たちは今度こそあのシーシュポスになれるのだ――。


 これで「不条理な創造」の章は終わる。あとは終章、「シーシュポスの神話」を残すだけだ。しかし、私はひとまずここで筆を置くことにして解説・読解の役目を終えよう。シーシュポスがいかなる苦難を選びとり、いかなる人生を生きてゆくのかは、是非ともこの読解を読まれたあなた方自身の目で確認してもらいたいからである。ただ、覚えておいて頂きたい。カミュは、「シーシュポスの神話」の執筆によって死なずに生きてゆくことを帰結として引き出したけれども、元を正せばかれのエッセーはかれ自身の教条に従った独自の結論しか出していない。それを無批判に「私は死ななくてもよいのだ」という自己肯定として受入れるのでは、透徹なまなざしを失って飛躍をありがたがる信仰者に逆戻りしてしまうだけだ。ここには、上手な生き方や死なずに済む処方といった自己啓発本のように書かれてあるような安易な教えは説かれていない。ただ一つ、現状維持を踏みとどまって現実を直視する覚醒した意識の有力性が示されているだけなのである。あとは、その軌跡を見て私たちがどうするかだ。「生きるのがよいのか、死ぬがよいのか」という私たちの選択は、一人ひとりが自分の思考で、自分の言葉で考えて然るべきだろう。だからこそ、シーシュポスの生きざまを読んでどう感じるかはあなた方に任せようと思う。



いまや、シーシュポスは幸福なのだと想わねばならぬ。



  あとがき


 1942年にアルベール・カミュの手によって書かれたこのエッセーは、かれの文学の原点をなすものであると同時に、今なお読み継がれる不朽の名作である。とはいえ、論理展開や引用・解釈の仕方にかなり無理があったり(私が本文においてそれを必死に取り繕っていたのはお分かり頂けたろうか?)、その饒舌さと過剰な文学的表現によって細部を誤魔化したりと、哲学的姿勢としては疑問に付さねばならぬ未熟な部分もある。しかし、忘れてならないのは、極めて重大であるにも関わらず、納得できる解答をかつていかなる哲学者でさえも答えてくれなかった、あの「生きるべきか、死ぬべきか」という喫緊の難問に、かれが私たちとともに真摯に考えてくれたことだ。そして、このわずか八ページの若書きの一エッセーに幾多の世代を越えて全世界の青年が感動に打ち震えたのは、この書物が悶々と懊悩の日々を送る純粋な若者に、今日明日を生きるための漲るような気概と燃え上がる闘志を惜しみなく与えてくれたからでなくてなんだろう。生か死かという二者択一の難題の前にはいかなる高邁な哲学も重箱の隅をつつくような難渋な手続きも無意味であり、だからこそ切羽詰った無明の昏闇のさなかでかれの抒情と美文がひときわまぶしい光芒を発するのである。「シーシュポスの神話」の偉大さと普遍性を示すには、それだけで十分ではないか。

 2010年はカミュの没後50年にあたる。ところが、生活がより豊かになった今日においても、かれが人間に期待する強靭なあり方とは逆に、多くの人びとが絶望とともに自殺してゆく。特に、日本の年間自殺者数は一説によると10万人にものぼると言われており、そうなると毎年1200人に一人が自ら死を選んでいることになる。もしかすると、あなたの同窓の知人が今にも死んでゆくところかもしれない。
 この場に及んで自殺の検討をするつもりはない。死にたい者は死ぬがいい。生きたい者が生きればいい。このあとがきは何回も書き直したのだが、自殺しようとする者にかける言葉はとうとう見つからなかった。残念だが、どうやら私は自殺志願者にあまり優しくは接してあげられないようだ。意識の暗がりに救いを求める人間は大概、明徹さを既に捨て去っている。そんな人に「シーシュポスの神話」を読み聞かせても時間の無駄だ。内容を理解しようがしまいが、結局は死んでゆくにちがいない。

 だから私は、「生きるか、死ぬか」の選択に全人生を懸けている人――飛躍を認めず、その場しのぎの答えにも納得いくことができない、純真な覚醒者――にこそ、この読解文を捧げようと思う。カミュの文章は韜晦にしてときとして迂遠であり、高校生が読みこなせるかどうかもやや疑問である。しかしそれでは悩める若者の究極的疑問は氷解しないままだ。もしかしたら苦悩のあまり性急にも死に逃れてしまうかもしれない。そこで、不条理の定義といった基本事項を説明したり、論理を平易に再構成したりすることで、私は、私とほぼ同年齢の迷える人びとの手助けをすることを考えた。当初は、精緻な理解を目標とする私自身のための企画でしかなかったのだが、哲学的洞察に目覚め、稚拙ながらも思索に耽り続けた過去五年間の私の決算であると同時に決意表明としての意味もある以上、理性と世界を格闘させる若者に贈られたということにはやはり変りない。
 では、自己への表明とはいかなる目論見だったか? 過去の決算というのはつまり、「二十歳の原点」で有名な高野悦子を超克するための企図でもあった。彼女は学生運動のなかで理想の自己像と向き合い、そして現実の暴力に破れた末に鉄道自殺を遂げた凡俗の一大学生である。超越に夢見る安易な左翼的理想主義と自殺行為とは、人間の犯しうるもっとも愚かな選択のひとつではないか? 「独りであること、未熟であること」という高野の「原点」はその実、新しい可能性の含蓄など微塵もない至極当然の認識であり、そんなことを得心していようとも人生の荒波をかき分ける上でなんら有益な指標になりはしない。実際、結局彼女は夢破れて儚く散っていったではないか――。このような諸々の疑問と反発を胸に抱き続け、2009年の夏、私はその未熟を踏み越えるための思想に到達するという思いを定めるに到った。いや、たとえ乗り越えることができなくとも、以後の全人生に立脚する有意義な「原点」だけでも明確にせんと決断したのである。そうした苦闘の歩みが、この長大な読解文に集約されている。
 したがって、題こそ「シーシュポスの神話を読解する」ではあるけれども、本来的な位置づけは「十九歳の原点」に他ならず、むしろこちらが真の表題というに相応しい。とはいえ、この密かな試みが成功したかどうかは未だ分からない。それは未来の私が決めることだろう。拙劣で、しかも杜撰な読解ではあるけれども、雄図が達成されたことを願ってやまないところだ。

 それでは最後に、高野に倣い私の「原点」を書き留めて、この「シーシュポスの神話を読解する」と「十九歳の原点」の二つを終えようと思う。




覚悟すること、己に克つこと、これが私の十九歳の原点である」。




悩み苦しむ過去と未来の私に、そして悩み苦しむ全ての人に捧ぐ――了