オースティン「自負と偏見」

自負と偏見 (新潮文庫)

自負と偏見 (新潮文庫)


零落の翳りが忍び寄る良家の若草一家の嫁行きを巡って、てんやわんやの事件が続き、紆余曲折の末になんとか丸く収まるというプロットは、谷崎潤一郎の「細雪」と瓜二つだ。あばずれ娘のリディアが起こす騒動のエピソードは、おてんば妙子のそれとも重なる。とはいえ、実際に読んでみての印象はかなり異なるのが興味深い。
細雪」においては、日本独得の気候がもたらす、重く沈んだしっとりとした湿度を醸す空気が行間から滲み出ていている。これと相まって、憂さ晴らしの慰めに終始した、懶惰な生活に瀰漫する気だるさをよく伝えている。一方で、「自負と偏見」には、イングランド東部の乾いた風土の情景というものがまず思い浮かばない。というより、作者が一貫して傾注しているのは、紳士淑女の愉快なやりとりと、ときとして高慢に、ときとして奔放に言葉を交わす彼らの自由闊達さであり、だからこれはどこまで行っても朗らかな人間讃歌なのだろう。思惑通りのカップルを成立させんとするミス・ビングリーの小賢しい計略や、立て板に水のごとしのエリザベスの機智といった、感情の奔出のひとつひとつに豊饒な人間性が楽しげにきらめく。そして、当時のイギリス社会の事情が露骨に反映された下心やこだわりが交錯するこの恋愛喜劇を読むうち、いつしか読者もまたオースティンの温かい抱擁の中にあるのを知るのである。